モーツァルト:ディヴェルティメントK.563 [室内楽]

卒業後もしばらくの間、オーケストラ部の顧問だった教授宅に月に1度、仲間うちで集まって、室内楽に興じていた時期があった。

その先生はヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノを弾いておられて、みんなで弦楽四重奏や五重奏、弦楽合奏曲やピアノ・クラリネット・オーボエ・ファゴットをソロに迎えた四重奏や五重奏、セプテット、オクテットなどいろいろと遊び弾きしていた。というか次から次へと先生が楽譜を出してきては初見弾きさせられていた。
ときにはボクのヴァイオリンソロを先生がピアノ伴奏してくださったこともあって、楽しい思い出である。

ベートーヴェンの初期カルテットやブラームスのクインテットなど、初見でなくても難しい曲も弾かされるので、ひいひい言いながらワケもわからずに食らいついていた。
そんな経験で少しばかりは初見力がついていたような時期もあった。

ボクはその室内楽の集まりで、弾いていていちばん心地よかったのはモーツァルトであった。
この頃からモーツァルトが好きになり始めた。

そのモーツァルトの室内楽曲のなかでも、カッチリとした格調高い弦楽四重奏曲と違って、珠玉の一品とでもいうような曲が「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのためのディヴェルティメント変ホ長調K.563」である。

この曲のヴァイオリンパートは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲並みの難易度であって、当時のボクが初見弾きするには難しすぎた。
先生とボクでいっしょにヴァイオリンパートを重ねて弾いて、ボクはところどころ弾けない箇所は先生に任せてパスしていた。

あまり聴き馴染みのない曲を弾くのは辛かったから、次はもう少しわかるようになろうと思って、パスキエ・トリオのLPを聴いていた。

             
*     *     *


ディヴェルティメントK.563はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が1788年に作曲した。1788年といえば後期3大交響曲ともよばれる

   交響曲第39番 変ホ長調 K.543
   交響曲第40番 ト短調 K.550
   交響曲第41番 ハ長調 K.551『ジュピター』

も作曲された年だけあって、弦楽三重奏とはいえ、これらの大作に引けをとらない充実した作品である。しかもモーツァルトらしい「可愛らしさ」や典雅な魅力に満ちあふれている。

ディヴェルティメントは「嬉遊曲」と訳されるように、明るく軽妙で楽しい曲想で、貴族の娯楽の場などで演奏されるような器楽組曲である。
モーツァルトは20曲ほどもディヴェルティメントを作曲しているが、K.563はその最後の作品である。全6楽章で構成されている。
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3本が楽しく対話をしているような曲である。

             
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ボクの持っている音源は、パスキエ・トリオのLP(これはパソコンにAD変換・録音してウォークマンで聴いている)、グリュミオー・トリオやアマデウス弦楽四重奏団のCDである。



モーツァルト:ディヴェルティメントK.563 パスキエ・トリオ

パスキエ・トリオは3人兄弟で弾いているだけあって、音楽が暖かく自然に流れている。3人の息遣いが聴こえてきそうで、ボクがいちばん気に入っている演奏である。



モーツァルト:ディヴェルティメントK.563 グリュミオー・トリオ

グリュミオー・トリオはヴァイオリンの大家を中心にした演奏だけあって、コンチェルトみたいにソリスティックで流麗な演奏である。ヴィオラ・チェロもちょっと控えめにグリュミオーを支えている。



モーツァルト:ディヴェルティメントK.563 アマデウス弦楽四重奏団

アマデウス弦楽四重奏団の演奏は、良くも悪くも第1ヴァイオリンのブレイニンの個性が強く反映されている。
晩年近くのアマデウス弦楽四重奏団は、昭和女子大学人見記念講堂のコンサートでベートーヴェンを聴いたことがあったが、鮮烈な演奏だった。この曲でも音のアクセントが強烈で艶やかな音色を響かせている。かなり辛口なモーツァルトである。


YouTubeではパスキエトリオとグリュミオートリオの第1楽章の音源があった。


パスキエ・トリオ 第1楽章 Allegro


グリュミオー・トリオ 第1楽章 Allegro
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シューマン:歌曲集「詩人の恋」 [声楽曲]

今年はショパンイヤー、シューマンイヤー(ともに生誕200年)、マーラーイヤー(生誕150年)と言われている。ボクはショパンにはあまり関心はないが、シューマンは多くは聴かないものの歌曲集「詩人の恋」は好んで聴いているので、シューマンイヤーにあやかって取り上げてみる。


ロベルト・シューマン(1810~1856)はピアノ曲ばかり作曲していたが、1840年に歌曲の作曲に集中し、さらに翌年から交響曲の作曲に移っていったといわれる。その「歌曲の年」に、シューマンがハインリヒ・ハイネ(1797~1856)の詩の中から16篇を選んで「詩人の恋」と名づけた歌曲集を作った。

  歌曲集「詩人の恋」作品48 "Dichterliebe"

   第1曲 「美しい5月」
        "Im wunderschönen Monat Mai"
   第2曲 「わたしの涙から」
        "Aus meinen Tränen sprießen"
   第3曲 「ばらに、ゆりに、はとに」
        "Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne"
   第4曲 「あなたのひとみを見つめるとき」
        "Wenn ich in deine Augen seh' "
   第5曲 「わたしの心をゆりのうてなに」
        "Ich will meine Seele tauchen"
   第6曲 「神聖なラインの流れに」
        "Im Rhein, im heiligen Strome"
   第7曲 「わたしは嘆くまい」
        "Ich grolle nicht"
   第8曲 「花が知ったなら」
        "Und wüßten's die Blumen, die kleinen "
   第9曲 「鳴るのはフルートとヴァイオリン」
        "Das ist ein Flöten und Geigen"
   第10曲 「恋人の歌を聞くとき」
        "Hör' ich das Liedchen klingen"
   第11曲 「若者はおとめを愛し」
        "Ein Jüngling liebt ein Mädchen"
   第12曲 「明るい夏の朝」
        "Am leuchtenden Sommermorgen"
   第13曲 「夢の中で私は泣いた」
        "Ich hab' im Traum geweinet"
   第14曲 「夜ごとの夢に」
        "Allnächtlich im Traume"
   第15曲 「昔話の中から」
        "Aus alten Märchen winkt es"
   第16曲 「いまわしい思い出の歌」
        "Die alten, bösen Lieder"


全16曲を通して1つの物語のようになっている。

主人公の詩人に、5月になってつぼみが開きはじめるのに合わせるように恋が始まる。
彼女への愛に酔い、高揚する気持ち。
しかし、やがて彼女は別の男と結婚することになる。詩人は彼女の裏切りに怒ったり、泣いたり、嫉妬したり、罵ったりと...惨めに終わる。

このよくあるような失恋の物語が、最初は明るく、やがて陰りが出てきて、どんどん暗く深みにはまっていくような曲想で描かれている。
歌だけではなく、ピアノ伴奏も独奏曲のように強く自己主張している。


ボクは20代の頃に「詩人の恋」にハマった。自分自身の失恋の思いを重ね合わせて、この曲に浸っていて涙していた。
今でもいい曲だと思って聴いているが、もうあの頃のようにこの曲を聴くことはできない。ほろ苦い青春の音楽である。

ボクは第1曲「美しい5月」が、甘美ななかに不安を湛えた曲想でとくに好きである。出だしから不安げなピアノで始まる。歌っている内容は片山敏彦の訳詩が文語調で格調高い。


    いと麗しき五月

  なべての莟(つぼみ)、花とひらく
  いと麗しき五月の頃
  恋はひらきぬ
  わがこころに。

  諸鳥(もろどり)のさえずり歌う
  いとも麗しき五月の頃
  われうち開けぬ、かの人に
  わが憧れを、慕う思いを。

  「ハイネ詩集」片山敏彦訳(新潮文庫)より引用


しかし、シャルル・パンゼラ(バリトン)のLPについていた対訳のほうが、よりストレートでわかりやすい。


    美しい五月に
  
  美しい五月になって
  すべての蕾がひらくときに、
  私の胸にも
  恋がもえ出た。

  美しい五月になって
  すべての鳥がうたうときに、
  私の胸にもえる思いを
  あのひとにうちあけた。

  フォーレ「優しい歌」/シューマン「詩人の恋」
  シャルル・パンゼラ(バリトン)
  のLPより 西野茂雄 訳(東芝EMI株式会社)



ボクが20代の頃に聴いていた音源は先に記事にも書いたスイス人(フランス系)バリトン歌手シャルル・パンゼラの1935~36年録音のSP復刻盤LPである。


 フォーレ「優しい歌」/シューマン「詩人の恋」
 シャルル・パンゼラ(バリトン)
 マドレーヌ・パンゼラ・バイヨ(ピアノ)、アルフレッド・コルトー(ピアノ)


CDではドイツのバリトン歌手ヘルマン・プライで聴いている。


 シューマン:歌曲集「詩人の恋」/歌曲集「リーダークライス」  ヘルマン・プライ(バリトン)、レナード・ホカンソン(ピアノ) 

ヘルマン・プライは来日公演でシューベルト歌曲集「冬の旅」を聴きに行ったことがあった。青年のような甘く若々しい声で、しかも底力のあるバリトンに魅了された。

「詩人の恋」もプライは甘く切なくて、しかもゲルマン的な厳格さも持ち合わせている。しかしパンゼラには、ほわっと優しく柔らかいバリトンで幽玄の世界に誘われるような魅力がある。


YouTube画像ではプライで全曲を聴くことができる。

シューマン:歌曲集「詩人の恋」プライ(Br)&ホカンソン(pf)


1/4 第1曲~第6曲


2/4 第7曲~第11曲


3/4 第12曲~第14曲


4/4 第15曲、第16曲


パンゼラの「詩人の恋」はYouTubeにはアップされていなかったが、「クラシックmp3無料ダウンロード著作権切れ歴史的録音フリー素材の視聴、試聴」のサイトからmp3ファイルをダウンロードして聴くことができる。

YouTubeではパンゼラはフランス歌曲ばかりアップされている。そのなかでもボクのいちばん好きなフォーレ「月の光」で、とりあえずパンゼラの歌声を聴くことができる。


フォーレ「月の光」
シャルル・パンゼラ(バリトン)、マドレーヌ・パンゼラ・バイヨ(ピアノ)
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