カントルーブ:歌曲集「オーヴェルニュの歌」 [声楽曲]

ボクがクラシック音楽にのめり込み始めた頃、CBSソニーのクラシックLPのカタログがちょっとした小冊子になっていて、バーンスタイン、ブーレーズ、セル、ワルターなど有名なアーティスト別にページを割いていて、クラシック音楽入門用に当時は「座右の書」みたいに眺めていた。
そんななかでアイドルっぽく取り上げられていた若手美人女性メゾソプラノ歌手フレデリカ・フォン・シュターデのページが魅力的で、ルックスの美しさに目を奪われていた。

そうしてジャケ買いしたLPの1枚がカントルーブの歌曲集「オーヴェルニュの歌」第1集である。
ジャケットの美しさもさることながら、このLPの歌と演奏の美しさに圧倒されてしまった。
それ以来、フレデリカ・フォン・シュターデの虜(とりこ)である。

シュターデのことは以前にも

  ・フォーレ歌曲全集チクルス
  ・ドビュッシー歌曲全集チクルス
  ・フンパーディング:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」
  ・マスネ:歌劇「ウェルテル」
  ・ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」
  ・Merry Christmas!

の記事で取り上げてきた。

シュターデはフランス音楽やズボン役(ヘンゼルや「フィガロの結婚」のケルビーノなどの少年役)などに定評があるが、とりわけ歌曲集「オーヴェルニュの歌」は十八番と言える曲のようで、ライヴ盤でも「バイレロ」は歌われている。

ボクはシュターデの最盛期に来日リサイタルに行くことができて、そのときはフォーレやマーラーとともにカントルーブの歌曲も歌っていた。
当時のシュターデはオペラ歌手がこんなに痩せていて大丈夫だろうかと思うほどスタイルがよく美しい人であったが、東京文化会館、昭和女子大学人見記念講堂の2公演ともに大ホールが優しく柔らかな歌声で満たされていた思い出がある。

*        *        *


ジョゼフ・カントルーブ(Joseph Canteloube, 1879-1957)はフランス中南部のオーヴェルニュ地方出身の作曲家で、同じくフランスの作曲家ヴァンサン・ダンディ(1851–1931)に師事していた。
カントルーブの作品は演奏される機会は少ないが、フランス各地の民謡の採譜・編曲を手がけた作品が評価されている。
「オーヴェルニュの歌」は代表作として録音が少なくない。

歌曲集「オーヴェルニュの歌」は、オーヴェルニュ地方の山岳部の険しい自然のなかで伝承されてきた農民たちの素朴な民謡をカントルーブが採譜して、華やかな管弦楽伴奏をつけた作品である。
1924年から1955年の間で、5巻全27曲にわたってまとめらている。

曲のタイトルだけみても、山岳地方の羊飼いたちの素朴な生活感が伝わってきそうである。

「オーヴェルニュの歌」

1. 羊飼いのおとめ
2. オイ・アヤイ
3. むこうの谷間に
4. 羊飼い娘よ,もしお前が愛してくれたら
5. 一人のきれいな羊飼い娘
6. カッコウ
7. ミラベルの橋のほとりで
8. チュ・チュ
9. 牧歌
10. 紡ぎ女
11. 捨てられた女
12. お行き,犬よ
13. 牧場を通っておいで
14. せむし
15. こもり歌
16. バイレロ
17. 3つのブーレ
  (泉の水/どこへ羊を放そうか/あちらのリムーザンに)
18. アントゥエノ
19. 羊飼いのおとめと若旦那
20. 2つのブーレ(わたしに恋人はいない/うずら)
21. 女房持ちはかわいそう
22. 子供をあやす歌
23. わたしが小さかったころ
24. むこう,岩山の上で
25. おお,ロバにまぐさをおやり
26. みんながよく言ったもの
27. 野原の羊飼いのおとめ


歌詞はオック語とよばれる古い南仏語で歌われている。
最も有名な「バイレロ」は高地の羊飼いの歌で、次のような歌詞である。言葉はわからないが、聴いていると雄大な自然を彷彿した曲想のなかでのびのびと朗唱される言葉が美しい。

Baïlèro


Pastré, dè dèlaï l’aïlo,
a gaïré dé boun tèn,
dio lou baïlèro lèro...
È n’aï pas gaïré, è dio, tu, baïlèro lèrô

Pastré, lou prat faï flour,
lical gorda toun toupèl,
dio lou baïlèro lèro...
L’èrb’ès pu fin’ol prat d’oïci,
baïlèro lèro...

Pastré, couci foraï,
èn obal io lou bèl rîou,
dio lou baïlèro lèro...
Espèromè, té baô circa, baïlèro lèro...


歌詞対訳
(CBSソニー「オーヴェルニュの歌」第1集 28AC1653、鈴木松子訳より引用)

バイレロ


川の向う側で、牧人よ
あんたは、バイレロ レロを歌っているが
ほとんど楽しい時がない
いや 私も そしてお前さんも バイレロを歌っても楽しくない

羊飼いよ 牧場は花盛りだ
お前さんは こちら側からお前さんの羊の群れを見守っている
バイレロを歌いながら・・・
今、牧場の緑は いよいよ冴えて来る
バイレロ・・・・・・

羊飼いよ 小川の水は溢れて来て
私は渡ることが出来ない
バイレロを歌っても・・・・・・・・
そこで私は探しに下ってゆこう バイレロ・・・・・・・


*        *        *


シュターデのLP(第1集)はその後CDも手に入れたが、第2集が発売されるまで5年ほどかかったと思う。

シュターデ盤の発売と同時期に、シュターデの友人でありライバルでもあったソプラノ歌手キリ・テ・カナワも「オーヴェルニュの歌」を出していた。
当時「レコード芸術」誌上で吉田秀和氏が両者の「オーヴェルニュの歌」を比較して、カナワ盤が純音楽的・歌曲的であるのに対して、シュターデ盤は演劇的(歌劇的)であるというような評価で、シュターデ盤のほうに軍配を上げていた。

ボクはカナワの声質が好きになれないので、もちろんシュターデ盤で満足していたが、その後、グレツキ「悲歌のシンフォニー」を歌っていたドーン・アップショウの澄んだソプラノも気に入って、アップショウ盤も購入した。

ある意味、アップショウ盤がシュターデ盤に対して純音楽的・歌曲的なアプローチであるように思った。
ボクはこの二種類を愛聴している。


(1)フレデリカ・フォン・シュターデ(メゾソプラノ)  アントニオ・デ・アルメイダ指揮 ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団]
第1集


第2集

(2)ドーン・アップショウ(ソプラノ)  ケント・ナガノ指揮 リヨン国立歌劇場管弦楽団


シュターデの声は「琥珀色のラブリーボイス」と言われているだけあって、クリーミーというか綿菓子のようにふわっと柔らかで、やや太めの声質である。
アップショウは透明感があって軽く細めで、粘り気のある声質である。
声の軽いアップショウのほうがテヌート気味に重たく歌っているのに対して、声の重いシュターデのほうが緩急をつけたテンポでスタッカート気味に軽く歌っているのが、対照的である。

シュターデは歌のなかに笑いや泣きの表情付けをするのが得意で、トゥルルルルルル・・・とタンギングするような箇所を強調するなど、豊かな表現をしている。YouTubeの「バイレロ」に見られるように、ダイナミックレンジの広い歌唱であるが、ff(フォルテッシモ)では嫌味にならず、pp(ピアニッシモ)の抜いた発声も絶品である。若々しい色香も感じられる。

アップショウは透明感ある声は美しく、声の安定感は抜群である。几帳面にていねいに仕上げている。優しい「母性」や女性らしい魅力が感じられる。

オーケストラ伴奏は、アップショウ/ナガノ盤が録音がよく透明感があるが、シュターデ/アルメイダ盤のほうがスケール感・色彩感が豊かなので、あくまでもボクにとってはシュターデ盤が最高の演奏である。

この曲は全曲初録音したウクライナ出身ソプラノのネタニア・ダブラツ盤がスタンダードとして定着している。ボクはYouTubeで聴いてみたが、シュターデやアップショウほどには洗練されておらず、むしろ民族的な素朴な味わいが濃厚だと思った。「巻き」が強くややオバ臭い(あるいは田舎臭い)のでボクの好みではない。「バイレロ」は一本調子で途中で厭きてしまう。

カナワはところどころ音程の上ずっているところが気になる。一般的には好まれるソプラノであるのだろうが、しつこく歌い過ぎだと思う。
 
他にサラ・ブライトマン盤もあったが、ソプラノ歌唱を意識しすぎてかブライトマンらしい美質を活かしてないように思う。この人は軽く抜いたようなソプラノに魅力があるのであるが、ライブで力み過ぎているようだ。



フレデリカ・フォン・シュターデ(メゾソプラノ)
アントニオ・デ・アルメイダ指揮 ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団
「バイレロ」


ドーン・アップショウ(ソプラノ)
ケント・ナガノ指揮リヨン国立歌劇場管弦楽団
「羊飼いのおとめ」「女房もちはかわいそう」「こもり歌」


ネタニア・ダブラツ(ソプラノ)/ピエール・ドゥ・ラ・ロシュ指揮
「バイレロ」


キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
ジェフリー・テイト指揮 イギリス室内管弦楽団
「バイレロ」


サラ・ブライトマン(ソプラノ)
「バイレロ」
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