「ブーレーズ作曲家論選」 [本]

先週の出張中のもう1つの収穫...三原(広島)泊の夕方、町を散策していてスーパーの書店で目に留まった文庫本

 「ブーレーズ作曲家論選」
  ピエール・ブーレーズ著/笠羽映子訳(ちくま学芸文庫)

を手に入れたことである。
これが370ページほどの文庫本にしては1400円と異常に高い!ふつうの文庫本ならのこの半額くらいだが、本の性格上、一般的な音楽啓蒙書の域を超えているので、やむを得ないのだろうか。

  序章(テクスト、作曲家とオーケストラ指揮者)
  J.S.バッハ
  L.v.ベートーヴェン
  H.ベルリオーズ
  R.ヴァーグナー
  G.ドビュッシー
  A.ヴェーベルン
  A.シェーンベルク
  I.ストラヴィンスキー
  A.ベルク
  J.ケージ

の各章で構成されているが、1冊の本としての書き下ろしではなく、作曲家/指揮者のブーレーズが発表した論文、論評、エッセイ、散文詩(のようなもの)、手紙などを寄せ集めた本である。
それだけに各章ごとに難易度のバラツキが大きく、サラッと読みこなせる章もあれば、まともに読み進められない章もあった。

「ストラヴィンスキーは生きている」は100ページほどの論文で、「春の祭典」を数多くの譜例をあげながら細かにその複雑なリズム構造を中心に分析している。
例えば冒頭のファゴットのソロによる不思議な旋律は、実にややこしい変拍子と音価(譜割り)で反復的・対称的な音形で成り立っていることが解説されている(冒頭だけは何とかついていけた...)。
しかし列挙された譜例がボクの記憶している曲のどの部分か照合がつかないので、譜面を見ただけで頭の中に音を鳴らせるような能力のないボクにはスラスラ読めない。
いずれ「ハルサイ」のスコアを買ってよくCDを聴いてスコアリーディングを重ねたうえで、数式いっぱいの物理や数学の本のようにじっくりと読み解きたい。
かつて大学オケの先輩が「ハルサイ」のスコアリーディングしているのが知的でカッコよく思えたが、この楽曲の本質に近づくためにはそのようにして複雑な変拍子の組み合わせのリズム構造をパズルを解くように理解できるようにしたいと思った。

『ペレアスとメリザンド』のための鏡...と題された章は、ボクが最近よくこのオペラのCDを聴いていて、ブーレーズ演奏のDVDも観ていただけに、面白く読めた。
このドビュッシーの唯一の(完成された)オペラの成り立ちには、ワーグナーの影響や反発ぬきには語れないこと。
演奏論としては、(いかにもフランスのエスプリ的に)過度に慎み深い演奏が行われるが、実はダイナミックに演奏されるべきこと。
ボクがカラヤンのCDで感じた歌手起用でペレアスとゴローの違いが明瞭でなかったが、ブーレーズは歌手起用にも言及していただけあってDVDではペレアス(テノール)とゴロー(バリトン)の声質の違いが明瞭であったことなども合点した。

他の論評も易しくはない。訳も専門用語や固い語彙を並べたような直訳調が鼻について頭に入ってこない。おそらくブーレーズの原文も論文調で難しいのだろう。
しっかり理解しようとすれば音楽理論の知識も必要なようで、音楽辞典や百科事典などで様々な用語を事細かく調べながら読む...という根気がないボクは、宿泊先のベッドの上や新幹線の中で活字の上辺だけでもざっとなぞるように読み終えた。
それでもビジネス書ほどは眠たくならずに読み進められたのは、関心ある作曲家・楽曲のアウトラインや、敬愛する指揮者ブーレーズの音楽観の一端に触れられたように思ったからだ。

各章の作曲家は、常に新ヴィーン楽派の作曲家(シェーベルク、ベルク、ウェーンベルン)やワーグナーとの比較・比喩や関連のなかで語られている。
やはりブーレーズが自家薬籠中のものとしている前衛音楽を出立点としていかにレパートリーを広げ、楽曲分析してきたかが見てとれる。
だから一般的な音楽読み物としては難解過ぎ、片寄り過ぎるのであるが、ブーレーズに関心のある方や「現代音楽」ファンには一読の価値があるだろう。


ボクが学生の頃は、CBSソニーの分厚いクラシックLPのカタログ冊子がクラシック音楽入門のバイブルのような存在であった。そのなかでも、ともに指揮者兼作曲家で活躍していたバーンスタインとブーレーズ(ともにニューヨークフィル音楽監督を歴任)がアンチカラヤンの二大ヒーローでもあった。
作曲家としては、「ウエストサイドストーリー」で親しめるバーンスタインに対して、前衛音楽のブーレーズは近づき難い存在であった。
だが指揮者としてのブーレーズはボクが最も敬愛・愛聴してきた音楽家で、いちばんたくさんCDを収集した演奏家である。
ボクにとって、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ドビュッシー、バルトークなど近代のオーケストラ曲はブーレーズの演奏なしでは考えられない。
主旋律を甘美に強調したり、感情移入で歌い上げる「親しみやすい」演奏とは対極にあって、各声部を絶妙のバランスでコントロールして「スコアが透けて見えるように」と喩えられる透明感のある美しい音響=音楽を聴かせる指揮者である。
ボクは脂っこいイメージで苦手だったマーラーもブーレーズだから入門できた。

ブーレーズは「理系頭」代表格のような指揮者・作曲家で、合理性や論理性を重視した客観的で冷徹な演奏家のイメージが強かった。
しかし本書ではブーレーズ自らが、合理性や論理性と主観との対決という不確実なもの・不安定で神秘的なものがあるからオーケストラの指揮が面白いと述べている...すなわち自らの主観性や曖昧さを認めているところが意外でもあり、納得もできた。


ちなみに本書を読みながら、出張中はWALKMANに入れていた指揮者ブーレーズの演奏を集中的に、できるだけ広い年代におよぶ選曲で聴いた。

(1)ヘンデル:「水上の音楽」組曲/「王宮の花火の音楽」組曲
    ニューヨークフィルハーモニック

(2)http://www.hmv.co.jp/product/detail/2780372[モーツァルト:セレナード第10番『グラン・パルティータ』
   ベルク:ピアノ、ヴァイオリンと13の管楽器のための協奏曲]
    内田光子(ピアノ)・クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)
    アンサンブル・アンテルコンタンポラン

(3)http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC5%E7%95%AA-%E3%80%8C%E9%81%8B%E5%91%BD%E3%80%8D%E4%BB%96-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%AE%A1%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%A3/dp/B00005G888/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=classical&qid=1275138989&sr=1-1[ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
            カンタータ「海の静けさと幸福な航海」]
    ニューフィルハーモニー管弦楽団

(4)ベルリオーズ:「幻想交響曲」/「トリスティア」
    クリーヴランド管弦楽団

(5)マーラー:交響曲第2番「復活」
    ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

(6)マーラー:交響曲第3番
    ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

(7)マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」
    シュターツカペレ・ベルリン

(8)ドビュッシー:交響詩「海」/「管弦楽のための『映像』」他
    ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/クリーヴランド管弦楽団

(9)ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」/「春の祭典」
    クリーヴランド管弦楽団

(10)シェーンベルク:「浄められた夜」/ベルク:「叙情組曲」
    ニューヨークフィルハーモニック


 
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
ピエール・ブーレーズ指揮 パリ管弦楽団 
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コメント 15

松本ポン太

KSGY さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]
by 松本ポン太 (2010-05-30 10:06) 

松本ポン太

crybaby さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]
by 松本ポン太 (2010-05-30 12:36) 

don

PV、馬まででてくるすごいバレエですね。[犬]
by don (2010-05-30 16:06) 

松本ポン太

don さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]

この演出すごいですよね。
よく馬を振付けたものだと驚くとともに、ある意味危険な演出ですね。落馬したり蹴られたり、暴れてオケのなかに突っ込まれたりしないかヒヤヒヤするでしょうね。

「春の祭典」は初演時にどえらい騒ぎになったというhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E3%81%AE%E7%A5%AD%E5%85%B8[エピソード]は有名です。
馬はこのバレエの演出・振付の1つでしょうが、強烈なのもあります。http://playlog.jp/2tom/blog/2010-02-25[2tomさんの記事へのコメント]のなかでつい紹介してしまいました。
ごめんなさい[ふらふら]
by 松本ポン太 (2010-05-30 17:20) 

闇のギャルソン

より作者の作成パターンや理論に近づくってことでしょうか。かっこいいです[ぴかぴか]
by 闇のギャルソン (2010-05-31 08:04) 

松本ポン太

まこきち さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]

好きな作曲家の好きな曲は、ただ聴いて楽しむだけでは物足りなくなって、もっと知りたいって思いますよね。
by 松本ポン太 (2010-05-31 21:27) 

松本ポン太

piano♪さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]
by 松本ポン太 (2010-05-31 23:16) 

シュリンパー

この本欲しいなー。
むかし自分はブーレーズという人は現代音楽の作曲家で、実際に「ル・マルトー・サン・メートル」というものを聴いてみたもののよく理解できず、苦手、というレッテルを貼っていましたが、マーラーやドビュッシー、ストラヴィンスキーの作品を指揮したものを聴いて非常に感動してしまい、今ではかなり、重宝させていただいております。この勢いで、再び「ル・マルトー~」をチャレンジしてみましたが、駄目でした…[嬉しい顔]自分を論じてほしいのですが…、まぁ意味ないか。
by シュリンパー (2010-06-02 03:58) 

松本ポン太

シュリンパーさん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]

ボクはもはや現代音楽とはいえないかもしれませんが、楽しんで聴けるのはせいぜいシェーンベルク・ベルクまででしょうか(現代ものでもあまり前衛きつくないグレツキなどは聴けますが)。
序章には、作曲家兼指揮者、演奏家兼指揮者、指揮者専門の違いなども述べられていて面白いですよ。
by 松本ポン太 (2010-06-02 12:33) 

クロッカー

[ムード]ブーレーズのラヴェルやストラヴィンスキーはすごくよいですね.安心して聴けます[ハート]
ボレロはブーレーズ/ベルリン・フィルの演奏が一押しですね. 他にも夜想曲なんかも彼の演奏が一番よいですね

しかし,モーツァルトやベートーヴェンなどは聴いたことがないですね・・・
by クロッカー (2010-06-05 23:51) 

松本ポン太

クロッカーさん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]

ブーレーズの演奏は「甘美」というのではなく「澄んだ美しさ」がありますよね。それと正確でダイナミックなリズム感も魅力です。

ベートーヴェンの演奏はCD発売当時に賛否両論あったみたいです。ヌード写真を見たかったのにレントゲン写真を見せられたような演奏だと揶揄されていたようです。情念のようなものは感じられませんが、ボクは好きです。
ヘンデルやモーツァルトも精巧なガラス細工のような美しさがありますよ。古典派以前ももっと録音してほしかったですね。
by 松本ポン太 (2010-06-06 08:01) 

美豚

レニーとブーレーズがアンチカラヤンの二大ヒーローだったとは意外です。
かなり注目されていた存在だったようですね。

ブーレーズはなんとなく顔が苦手で(というより顔から伝わってくる雰囲気ですが)積極的には聴いていないです。
たしかドビュッシーの海とマーラーの悲劇的を聴いた気がします。悲劇的はすっきりとまとまった好演でした。

ただ、彼の得意レパートリーと私の趣向との相性が悪く、今後もあまり聴かない気がします。
僕にはシェーンベルクすら無理です。ラウタヴァーラあたりならいけますが・・・
by 美豚 (2011-02-21 22:57) 

松本ポン太

美豚さん
[ハート]ありがとうございます[嬉しい顔]
二大ヒーローというのはあくまでも70~80年代のCBSソニーのカタログ上の話ですよ。
当時のボクの大学オケ仲間でも、カラヤン派、アンチカラヤン派、フルヴェン信仰、セル信仰、ワルター等々いろいろな好みの人に分かれていました。
シェーンベルクも後期ロマン派色の濃厚な「グレの歌」あたりなら、R.シュトラウスやマーラー好きの方も許容できそうに思います。
by 松本ポン太 (2011-02-22 12:57) 

美豚

「グレの歌」って「さかなくん」あたりが愛聴しそうな曲ですね[嬉しい顔]

なんてジョーダンはさておき、後期ロマン派色が強い曲なら僕でも聴けそうな気がします。
余裕ができたら聴いてみようと思います。
by 美豚 (2011-02-22 14:24) 

松本ポン太

=====
「さかなくん」あたりが愛聴しそうな曲
=====
座布団いちまい![嬉しい顔]

シャーンベルクも当初はR.シュトラウスが援助して、「グレの歌」も作曲できたと言われています。
ところどころ甘い旋律の曲ですが、冒頭はラヴェルの「ダフクロ」をほうふつとします。
ボクはブログ記事に取り上げようと思いながら、大曲なのでなかなか手がつけられないでいます。
by 松本ポン太 (2011-02-22 19:22) 

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